2012.3.29

 ガラス1枚隔てた劇場の外には、すでに長蛇の列ができていた。開場時間が近づいても、インタビューの答えは熱を帯びたまま。周囲が時計を気にする仕草が肌で感じ取れる。取材者にとっては、うれしいやらドキドキするやら、それは複雑な心境だ。

 「以前から周りに言われているのは、『なんで、そんなに切り替えが早いの?』。舞台のそでで別のことをしていても、すぐに集中できる。ステージがスタートすると、自分が消えてしまうのでしょう。芝居をしているとか、そんな意識がなくなってしまうからです」

 現在、東京・帝国劇場で続いているミュージカル「Endless SHOCK」は、1月の博多から4月30日まで続くロングラン。ウエクサ役の彼は、若者たちに温かい目を注ぐ劇場のオーナーという一歩引いた役どころを好演している。



 「日本でミュージカルがもっと浸透してくれたら…。いや、浸透してほしい、と心から願っている。年寄りじみたことを言うわけではないけど、ぼくらはアナログの時代に育った。事務所へ入って最初、ジャニー(喜多川)さんにスタジオへ連れて行かれると、そこでは多くの人がダンスの練習をしていました。率直な感想を言うと、なんで男が踊っているの? ものすごい違和感があったわけです。あのころはミュージカルについて、右も左もわからなかったのに…。人生って、不思議でしょ」

 ミュージカルに対して大きく認識が変わったのは、2004年。少年隊ミュージカルPLAYZONE19作目「ウエストサイドストーリー」だった。

 映画でもおなじみの名作で、シャーク団のボス・ベルナルドが役どころ。このとき、演出家のジョーイ・マクニーリー氏からさまざまな手ほどきを受けた。

 「ウエストサイドを演出できるのは世界で4人しかいないそうです。だから、どんなことを教えてくれるのか、それは興味津々。なるほど、驚きました。ここまでやるかっていうぐらい。普通、教わる立場とすれば、ダンスとかセリフとか、そういうものかと思っています。だけど、マクニーリーさんは朝9時から、この劇の舞台となった社会状況-シャーク団といえば、プエルトリコ系の移民ですね。そういった人たちの宗教の問題とか精神論とかを語り尽くす。1時間や2時間では済まない。延々です。そうして、ヘトヘトになってから演技の勉強に入りました」

 「正直にいえば、ここまでやるか、というぐらい。けいこが終わって、さあ食事という段になっても、ジェット団とシャーク団はいくら仲が良くても必ず別行動をとれ、とまで指導されました。演出家にそこまで徹底されたのは初めて。なんて人だ、と思いましたが、ウエストサイドはそこまでやらなければ良さがわからない。このミュージカルを成功させることができれば、携わった者にはきっとプレゼントが待っている、それは形には現れない自信や相手の気持ちを思いやることなど、大きな意味をもつものだ、と言われました。そうした経験が毎日の舞台で生きてくる。今回は4カ月間、同じ演目でも微妙に違っています。これが自然体というものでしょうか」

 プライベートでも、ことさら自然体を崩さない。それがスタイルなのだという。

 「よく男の顔は年輪というでしょう。ぼくは、顔のシワを大切にしている。そんな生き方をしています。シワ1本の中に、うれしいことや苦しかったことが入っていて、それが顔に刻みこまれていく。だから、隠そうとか、決して思わない。演技をしているとき、普段の生活をするとき、常に等身大でできることだけを考えている。かかとを地面にしっかりつけているか、と自分に言い聞かせている。かかとを思いっきり上げるのは、ここ一番のために、とっておきます」

 「Endless SHOCK」は2000年の初演以来、12年間続けてきた全席即日完売の記録を更新中。不況とは無縁の夢の世界である。(ペン・やなぎ喬)

 ■うえくさ・かつひで 1966年7月24日、千葉市生まれ、45歳。80年2月、ジャニーズ事務所入り。少年隊のメンバーとして85年、「仮面舞踏会」でレコードデビュー。一方で、ミュージカルや俳優などさまざまなジャンルにも挑戦。TBS系ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」には、第2から第9シリーズまで15年間出演した。

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