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 舞台「Endless SHOCK」の制作発表が19日、東京都内で行われ、主演の堂本光一が登場した。その詳報は以下の通り。

堂本 たくさんの方に集まっていただきありがとうございます。来年で「SHOCK」は13年目となります。千回目の公演を迎えるということなのですが、自分にとってはそれだけ長くやってきたという感覚は、いまいち実感はないんですが、本当に多くの人に支えられ、ここまでやらせていただけたんだなと思っております。昨年、博多座の方でもやらせていただきましたが、来年は2月、3月、帝国劇場でやらせていただきます。そして4月には再び博多座でもやらせていただくことが決定しております、また新たな試みとなりますが、9月には大阪でも公演をやらせていただけると伺いました。来年は合わせて4カ月ですね、非常に長い公演なんですけど、自分としてはステージに立てるうれしさのほうが大きいですし、とにかく責任もってやらせていただきたいなと思っております。本当に多くの方がこの「SHOCK」という作品を支えてくださっているという話をしましたけど、先日亡くなられた森光子さん、森さんは本当にこの「SHOCK」という作品を陰で支えてくださった方のお一人です。森さんからのたくさんの言葉が、僕にとっては非常に大きな支えとなってきましたし、なんといいますか、本当に言葉にならないくらいの思いがあるわけなんですけども、森さんから頂いた言葉を胸にしっかり持って、来年も4カ月、千回公演に届きますので、挑んでいきたいなと思っております。

 司会者 今、ご自身からもお話がございました通り、森光子さんが11月10日に、惜しまれつつも天国へと旅立たれました、その森さんが「SHOCK」の舞台を初演以来、ずっと愛し続けてくださったことは有名なエピソードでございます。毎公演ご覧になり、時にはステージ上で、または楽屋で、光一さんにエールを送られました。そしてご自身のライフワークの舞台「放浪記」をお休みなさって、劇場から足が遠のかれた後も、公演の成功を願い続けてこられた森さんです。その森光子さんと堂本光一さんとの関わりを、映像にてご覧頂きたいと思います。

(VTR上映)

司会者 いろいろなご記憶がよみがえってきたのではないでしょうか、あらためて森さんへのお言葉を頂けますか。 

 堂本 本当に今、この場所で語り尽くせないほどの、たくさんの思い出があります。この「SHOCK」の大テーマである“走り続けること”を体現されていた方だと思いますし、たくさんの温かい言葉も掛けてくださいました。思い出として、一つ二つエピソードを話させていただきますと、自分がKinKi Kidsとしてデビューする時、森さんにごあいさつに行ったんですね。その時にしっかりと握手をしてくださり、ハグをしてくださり、その時に「デビューおめでとう、頑張ってね」とパワーを頂いたこともありました。それから、プライベートなところで思い出に残っているのが、食事に行って、そして森さんのご自宅の方に送りましたら、森さんがご自宅の窓からずーっと、僕らが去っていくまで手を振って見送りをしてくれるんですね。その姿が本当に今でも焼き付いております。あと、映像にもありましたけど、一緒に舞台を観劇に行った時にエスコートさせていただきましたが、その時の森さんの温かい手もよく覚えております。先ほど聞いたんですが、森さんが亡くなられたのが今月の10日ということですが、その亡くなられる前も、そのとき、ちょうど帝国劇場でやっている「ジャニーズ・ワールド」の初日を気に掛けてくださっていたそうです。今日「ジャニーズ・ワールド」初日なんですよっていう話をされたら「あ、そうなんだ」と答えてらっしゃったそうです。そして来年は「SHOCK」が千回を迎えるから、ぜひ行きたいという話をされていたそうです。それを聞いて自分としても、今年は震災から再び「SHOCK」が動きだした、非常に意味のある年だったんですけど、来年も、いろんなことを思いながら立てるステージになるなと。今森さんのVTRを見ていただきましたが、その中で「お客さまに夢を届ける人なんですから」というお言葉もありましたけど、そういったお言葉一つ一つを思い出しながら、森さんの思いを胸に、来年もステージの上に思いっきり立っていきたいと思います。

(以下、記者との質疑応答)

――ご自身がエンターテイナーとして大切にされている精神はどんなものか、あらためて教えていただけますか。

 自分としては常々言っていることなんですけど、こうして「SHOCK」という作品も来年で13年目となり、14年?ごめんなさい、自分でも分からなるくらいやらせていただいているんですけども、自分としては毎年、来年もあるぞという思いでステージに立ったことはないんですね。それよりも本当、その日その時にやっている公演に全力で挑むこと。昨日よりも今日ですし、今日よりは明日というか、しかし体力的には非常に厳しいステージなので、明日もあるからセーブしようとか、そういった思いは絶対に持たないようにして、今その瞬間をとにかくやっていこうと心掛けてきました。

――初演が2000年の11月なので、13年目になります。

 です(笑)。

――千回記念ということで特別な思いはありますか?

 自分としては、先程のVTRにもありましたが500回の時とかもすごく漠然としている状態なんですね。先ほども言ったように、自分としては何回も何回もある公演だという意識ではなく、本当にその時の一つの公演が勝負だと思っておりますので、千回やってきたなとか、そういう感覚はあんまりないんですよね。僕自身よりも、本当に多くの方が支えてくださったからこそ、それはスタッフの方もそうですし、来てくださるお客さまももちろんです、そういった方々が支えてくださるからこそ、これだけやらせていただけたという思いのほうが強くて。ですから自分で千回やってきたんだぞっていうよりも、本当に感謝する瞬間だと、今では思っています。

 

――千回を迎えるに当たって、劇中に登場する階段の数が増えたなど、何か変化はありますか?

 階段の数は今、帝国劇場でできる最大の数になっているんですね。あれはセリを目いっぱい上げた高さになっているので、あれ以上階段を増やすこと、高さを上げることはできない状況です。自分としては数が増えても、そこから落ちられますけど(笑)、でも現状は、セット的に劇場でできる最大限の数でやっております。

 

――この13年で、何が一番成長したと思いますか?

 そうですね…、なんでしょうね。間違いなく年は重ねてきました。初演の時は20だか21だかそれくらいだったと思うので。その中でもいろいろ模索しながら、対誰というわけではなくて本当に自分との戦いだったなと思うんですね。一時期は、やはり先頭に立つ者として、自分がとにかく頑張らなくてはいけない、という思いが先行しすぎた時も、今思えばあります。そうすると逆に周りが見えなくなってしまうことがあるんですね。それがふと肩の力を抜いて周りを見てみると、スタッフの方も真剣に頑張ってくれましたし、キャストも全員が頑張っているんですよね。そんな姿を見たら、あ、自分はそんなに肩の力を張らなくても、少し肩の力を抜いて周りと歩調を合わせればいいものができるんだなという思いになれた。周りが見られるようになったのは一番大きな成長かなって思うんですけど。先ほどのVTRで、森さんが長く続ける秘訣(ひけつ)は「バランスだ」とおっしゃっていましたけど、そういった意味も込められていたのかなと、今は思います。

――来年の「SHOCK」で、これまでと配役や物語が変わることは考えていますか?

 はい。キャストの方はまだ詳しいことをお伝えできないんですけど、何かこう、新鮮に感じる印象をお届けできるんじゃないかなと思っています。演出的にも、現状では今自分の頭の中にあるだけの形なんですけど、それが実現できるかどうかは明言できないんですけど、自分の中にこういうふうにしたいなって思っている部分はあります。また今年、一部のシーンをトラビス(・ペイン)に振りをつけていただいたりとかありましたけど、また今回もまたトラビスにお願いできる場所があるんじゃないかなと思っていますし、シーン的には目新しくなったなという部分が生まれてくるんじゃないかなと思っています。

 

 ――後輩の米花剛史さんが事務所をお辞めになりましたよね。“フッキング”の作業もずっとやっていた、信頼していた後輩だと思いますが、次の「SHOCK」ではどうなりますか?

 そうですね、彼は、今おっしゃられたように今年の「SHOCK」が終わって事務所を辞めたんですけど、フライングをする時のワイヤーを付ける作業、フッキングというんですが、命に関わるような大事な役どころを彼は受けてくれてたんです。今回、彼はもちろん出ないんですが、キャストに関しては新たに入る人もいるでしょうし、今までずっと出ている人もいますし、そういった意味では「SHOCK」のカンパニーっていうのは自分の責任というものを強く持って挑んでいるキャストが多いので、しっかり継承していかれると思っているので、その心配は、僕はしておりません。

 

――12年間の「SHOCK」を振り返って、節目になったなと思うシーンや、思い出に残る年がありましたら教えてください。

 振り返ることが僕自身、あまりないんですけど、やはりいろいろけがもしてきました。靱帯(じんたい)を切ったりとか、部分断裂だとかいろいろありましたけども、それを乗り越えてきたんですね。それは自分にとっても大きな自信につながっていくものです。けがをしてしまったことは自分の責任なので、じゃあどうやって生かしていこうかと、ステージに立つ上で考えさせられましたし。あとは、2005年に大きくストーリーを変えたとき、ジャニー(喜多川)さんから「ユーが思っているものをつくってみろ」と言われて、05年から「エンドレスSHOCK」という形でやらせていただいていますけど、いまだにその「SHOCK」に関してはジャニーさんから褒められたことはありません(笑)。いつ褒めてくれるのかは分かりませんけども、ただ、実は「ユー、階段落ちとかやめちゃえば?」って言ってくるんですね。その言葉が僕にとっては「よし!」って思う瞬間で。褒められてはいないんですけど…。なにかジャニーさんの思うものを僕としてもつくっていきたいという思いがあります。振り返ると12年13年っていうのは非常に長いので、話も尽きなくなってしまうんですけど、自分としてはこの時のこれというよりも、その一公演一公演の幕が下りる瞬間が、今まで900何回やってきましたけど、900何回幕が降りる瞬間が、僕としてはうれしい瞬間というか、気持ちの良い瞬間、大切な瞬間ですね。

 

――12年前と比べて、今の堂本さんに体力的にきつくなった部分がもしあるとしたら、どんなところがきついか、また、それを補うために何かやってらっしゃることがあったら教えてください。

 特に舞台のためというわけではなく、普段からいつでもステージに立てる状態を保っています。現状やっている筋トレなどは、常に舞台のためというわけではなくやっています。20歳ぐらいの時と比べると、一公演終わったあと蓄積されていく感じっていうのは昔よりあると思うんですね。だけど、20歳くらいの時は正直、身体的に怖いものがないんですよ。だから体のメンテナンスについて、始めてそこそこのころは考えてなかったです。でも、よりいいものをつくるためには、いい状態でステージに上がるためには、と考えると、自分のメンテナンスが大事になってくるんですよね。今はやることをしっかりやっているので、そういう意味では、昔よりコンデションはいいと思います。

 

――今年初めて公演をされた博多座での感想と、来年の大阪での公演の抱負を聞かせてください。

 博多座は本当にすてきな劇場でした。もともとはこの「SHOCK」という作品は帝劇でしか観られないものということで、ずーっと帝劇でやらせていただいていましたけど、10年も超えて、こちらから、今までこられなかったお客さんに対しても観ていただけるようにっていう意味で行かせていただいたんですね。僕の思いとしては、帝国劇場でやる「SHOCK」と絶対見劣りしてはいけないと。その結果、スタッフの皆さんもすごくよく練って、計算をして、過不足ないものに仕上がったと自分でも思っております。博多座に来てくださるお客様も初めてご覧になられる方も多かったですし、帝国劇場でもどんどん年齢層は幅広くなっているんですが、博多座ではさらに幅広い年齢層の方が来てくださっているなと感じました。そういった意味では、今度大阪で初めて出させいただく「SHOCK」で、初めてご覧になられる方もまた多くいらっしゃると思うので。またどんな反応が返ってくるのかなというのが自分としても楽しみなので、いい意味での自信を持ってやりたいなと思っています。

 

――公演会場が増えたり新しい土地で公演するということは、堂本さんにとってどのような影響があるんでしょうか?

 劇場が変わると楽屋の景色も変わるし、ステージからの景色も変わるし、すごく新鮮な感じがしました。新鮮な気持ちでステージに立てるのは、すごく大事なことだと思うんですよね。何度も言っているように、常に毎日その時が勝負なので、常に新鮮な気持ちをもってそのステージに挑むっていうのがすごく大事なことで、それをあらためて感じられたのは自分にとってもすごく楽しかったです。そして、その経験をへて帝国劇場に帰ってくることができたので、よりスタッフの皆さんとの協力関係も強くなりますし、すごくいい経験だったなって思います。

 

――12年で千回ですと、森さんの2017回という記録にあと12、3年かかりますが…?

 どうでしょうね(笑)。先ほどのVTRでも森さんが、あの時はまだ500回でしたけど、「500回、1000回、1500回と積み重ねていくんだから」とおっしゃってくださいましたけど、これは僕も全然分からないですね。これも先程言ったんですが、また来年もやらせてもらえるとか、また次もあるという思いでステージに立っていたことがないんですね。自分としてはまた来年もやらせていただけるっていうこと自体がご褒美であり、そして、自分がやっていたことが評価いただいたのかなって受け取っておりますので、千回を越えたら1500回を目指そうとか、そういう思いではやっていないんですよね、やはり周りの方々が期待する部分もあるでしょうから、そういった期待っていうのはこれからも応えていきたいなという思いはありますが、正直あと何回そういった部分っていうのは全く見えていないです。

 

――森さんがおっしゃっていた「バランス」とは、どういう意味だったとお考えですか? 

 どうとでも取ってくださいっていうふうに置かれたんですよね、その言葉を。(東日本大)震災の以前に森さんがおっしゃっていたのは、エンターテインメントというのは世の中が平和であって初めて成立するものだと。そのとき、その言葉に対して、僕はまだまだ33歳の若造なんでピンと来なかった部分があったんですね。で、昨年震災を僕も経験して、以降の公演が全て中止という判断がくだったときに、やはり世の中が平和ではないと自分もステージに立てなくなる、そういった部分を森さんはおっしゃっていたのかなって体験できたんですね。その時に初めて森さんがおっしゃった言葉の重みを感じました。世の中のバランスについても、すごく、すごく大きな意味で、とにかくバランスがうまく保っていないと全てが崩れ去るんだよということなんじゃないかな、と僕はとっています。自分自身が「頑張らなきゃ、頑張らなきゃ」って突き進みすぎてもうまくいかないし、本当にみんなが一つになって、バランスを取っていくことが大事だと、森さんはおっしゃっていたんじゃないかなと思います。

創作者介紹

大王子與小王子,還有平成王子

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